滋賀里病院は大津市の精神科・心療内科・内科の専門病院です。

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あいさつ

当滋賀里病院は、昭和31年(1956)7月、30床の精神科単科の病院として栗本藤四郎によって開設されました。

当時、日本で精神科の病床数は4万4千余(現在33万)で、大津市では、はじめての精神科病院でした。当時は、琵琶湖まで田園が広がり、比叡山を背に、赤い屋根の建物が人々の目をひきました。

その後、病床数も少しづつ増え、建物も変わり、現在は315床(H15年5月時点)、職員数250名で6つの病棟(内3つは精神療養病棟)で運営致しております。
当初は、畳の大部屋で大勢の患者さんを管理する発想が中心でしたが、現在は、個別のケアを中心とし、急性期から社会復帰まで、様々なサポート体制を敷いております。 
ここに到るまで、端宣夫名誉院長をはじめ、多くの優れた医師、看護者、職員のたいへんな努力と、地域の皆様の支えがあったことをあらためて振り返っております。 しかしながら、時代の流れを考えますとき、精神科病院の役割はますます大きくなっています。

1つには、個々の患者さんにとって希望と誇りを取り戻していただけるために、

2つめは、家族、地域の皆さんに活用して頂き、また優れた地域社会づくりの拠点となるために

3つは、国家民族の未来に役立てる問題が提供できる基地として

これらのことを具体化していくには、我々の前にはさまざまな次元の壁があることを認めざるを得ません。幸い恵まれた自然と、歴史的環境の中に当院は位置しており、また、精神医学のみならず、人間精神の可能性を開拓した優れた人々(※)との関わりで支えられて来ました。
我々は謙虚に現実を見つめながら、多くの知恵を受け入れ、一歩ずつ高みに向けてチャレンジして行きたく思っておりますのでよろしくお願い致します。

平成15年5月 医療法人 藤樹会 滋賀里病院
院長 栗本藤基
写真提供:京都新聞社

(※)その中の一人、故岡村昭彦氏(1929~1985(「南ベトナム戦争従軍記」岩波)はかつて私が信州で精神医療の改革に取組んでいた1982年に出会った人物です。
当時私は精神医学の中心課題であった統合失調症(分裂病)の解明と治療に力を注いでいましたが、壁は厚く行き詰まっていました。
その時彼は世界歴史の視野と日本の将来を考えるという問題意識から病棟改革に参加してくれました。
「彼らは現代社会の諸矛盾で心が幾重にも傷ついた人々だ。それ故に、人生の問題や日本の未来を考えるに学ばなくてはならないし、最も尊重されなければならない。
しかし現状はひどい待遇を受けている。我々は市民の一人として専門家に任せておくだけではなく、病棟に入り健康な知恵を提供し改革に協力したい。
これは市民の権利でもあると考えている」と。
その後8ヶ月間に渡り約470名のボランティアと共に、病棟の雰囲気は大きく変わった。
これは日本の精神医療史に特筆されるべき出来事だと思っています。

栗本院長の論文が第109回日本精神神経学会に採用されました。
長期引きこもり患者への治療実践~「現代社会の遭難者」という見方から~

院長経歴とこれまでの活動

1945 滋賀県生まれ
1967 中村天風(医学哲学統一道)に学ぶ
1968 新海安彦(精神医学)の日本語研究会に参加
1974 原田憲一(精神医学)の指導を受ける
1974 信州大学医学部卒 1976 長野県厚生連安曇病院 精神科勤務
1976 小坂英世(精神医学)に学ぶ。安曇病院精神病棟の鉄格子を外す
赤野敬司(農業)に学ぶ。信大学生ならびに患者とともに信越国境雨飾山麓の植林に参加
玉井袈裟男(農学)と三軸会(患者、病院、大学)で発症過程の研究
1978 千葉元(芸術療法)に学ぶ インド探訪
1980 吉本伊信に内観を受ける。分裂病患者の母親に内観を実践
1982 岡村昭彦(ジャーナリスト)をリーダーとするボランティア約470名を受け入れる
木村利人(米ジョージタウン大学教授)と共に、バイオエシックスを基本にした病棟改革の実践。
横山瑞生の指導で東洋医学を導入 池上正治(中国研究家)に学ぶ
米セント・エリザベス病院、アイルランド、セント・パトリック病院訪問
1983 嶋真一郎(共働学舎)に学ぶ
佐藤利平(農民画家)
福田俊作(養生園)狩野誠(えんめい茶)に学ぶ
山村忠介(ファイブ・アンド・ファイブ)に学ぶ
杉本彰(であい舎)の指導で演劇活動、病棟で出演
1984 NHK「訪問インタビュー」岡村昭彦、安曇病院精神病棟で出演
1986 国領嘉一(日本思想研究会 昭和19年)に学ぶ
1991 滋賀里病院勤務   池田千鶴子(ハーピスト)の院庭での演奏
1994 滋賀里病院患者十数名とM・ゴーリキー「どん底」に取り組む
1998 「どん底」公演
熊野勝之(弁護士)との交流
1999 平川了大(ノモンハン脱走記)に学ぶ 旧満州国、ノモンハン旧戦場探訪
2000 「故栗本藤四郎を偲ぶ会」を療養病棟で施行、田原順子の琵琶演奏
2001 岩本哲臣(博石館)との交流
2002 岡村昭彦写真展を病棟で開く。外部から250名参加 岡部伊都子公演
朴菖熙 (「許浚」 訳者)に学ぶ
「回峰瞑想館」で「禅、内観、回峰」に学び、実践
(敬称略)
2004 瞑想館(坐禅、内観)
2006 急性期一般病棟建て替え
2008 伊香立農場(稲作、畑、豚、にわとり)
2016 ドストエフスキー「罪と罰」公演
2018 秋の叙勲 瑞宝小綬章 受章

現在  理事長、院長

書籍の案内

止観
-栗本藤基 画集-
精神科医 栗本 藤基 著  1,800円 (税込み)
精神の破壊と復興 
-精神科病棟から日本の未来を-
精神科医 栗本 藤基 著  2,000円 (税込み)
医道
-逆転せよ 偉大たれ-
精神科医 栗本 藤基 著  700円 (税込み)
アレキサンダー大王に捧げる歌 
-弟正剛の軌跡と遺志をうけて-
栗本正剛 著  栗本藤基 編  1,800円 (税込み)
戦後“英雄”なる言葉は死語と化したが、世界全体に主体たろうとする人間の根源的な欲求は変化するものではない
主人公、栗本正剛は、正しく現代社会で敢えて“英雄”たろうと志向したのである。特に若い世代には一読を強く勧める (読者 談)
詮方尽クレドモ・・・ 栗本藤四郎自伝
栗本 藤四郎 著  栗本 藤基 編  1,200円 (税込み)
戦後世代にとって戦前、戦中、戦後(大正、昭和、平成)と変転の時代を「農」「軍」「医」「経」「政」に生きたこの人物(滋賀里病院創立者)の記録は、今後の未来を見通すために優れた手がかりを与えてくれるだろう  (読者 談)
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